2005年11月 7日 (月)

石と在る

2005年11月6日、今日から始める。

 「石」について書いているというか、少しでも触れている新旧の本を、                   長い間、蒐集し続けているが、
これから、それらを少しずつ紹介をしていきたい。

 2年前、書きためていた「石の随筆」を、
還暦記念として自費出版した。
その題名を「石と在る」とした。次の10編から成っている。
            1.「石想記」構想、
            2.自分の石、
            3.石に刻まれた妻、
            4.石と本、
            5.「石の来歴」随想、
            6.川原の石、
            7.人面石の祈り、
            8.石・自然・社会、
            9.石の随筆アンソロジー、
           10.石の夢

2005年11月7日(月)

 『「石想記」構想』の書き出しの部分を、以下に紹介させていただきます。

 人がよって立っているこの地球は、
言ってみれば「石」の集まりである。
山があり、島があり、磯があり、巌があり、
岩があり、石があり、小石があり、
砂があるというように表に出ている形はさまざまで、
その数量たるや無限である。

 実に、「石」ほどこの世に多いものはない。
このようなありふれた「石」に不思議を感じ、
また「石」に感謝し、「石」を畏敬することのできる者は、
現在では数少なくなってきたのではなかろうか。

 しかし、時代を遡るほどに、
それらの感情は大きなものであったに違いない。
「岩石が人間を作った(オークリー)」という金言があるほどである
           (「石の文化史 M.シャックリー 岩波書店」より)。

 これまでの私の石のエッセイシリーズの中で、
幾度か紹介したことのある、
「石の鑑賞 久門正雄 理想社」に収められている
最初の作品「愛石志」の冒頭の章「雲根」の中に、
「石」についての簡潔で、見事な表現の箇所があるので紹介しておきたい。

 「石に蔵する秘密も大いなるかな。
その生出天地と伴って永久不変、小は風塵と共にありながら、
大は地殻として山嶽河海を載せて漏すことなく、
万物を包蔵し一切生命の根元となる」

 「何れにしても岩石は、
釈名の『地は石を以て骨と為す』と言ふ通り、
この大地の骨骼であり地盤である。
石の異名を地骨といひ山骨といひ、
また山体といふのはその意である。
石は乃ち天地の骨である。
そして気がこれに寓るから雲根と云ったのは面白い」

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