好きな『“石”の詩(5)』~金子みすず~
好きな『“石”の詩(5)』
~金子みすず~
あけまして おめでとうございます。
本年、最初の記事となります。
昨年12月31日から帰って来ていた、
二人の子供夫婦家族が本日(1月2日)、それぞれ帰って行った。
孫達との楽しいひとときが、沢山の元気をくれた。
急に、静かになった一人だけの家のなかで、
久しぶりに書いてみたくなった。
明日(1月3日)は、五年ぶりの、
中学校同窓会を幹事として執り行わねばならない。
これも、
これから一年間の元気の素になればよいがと思っている。
さて、今回は「金子みすず(明治36年~昭和5年)」についてである。
矢崎節夫氏の執念のご努力によって、
私たちは、今、“金子みすず”に出会えることとなった。
「25年永年勤続表彰受賞を記念して購入
~お祝金をもとに~ 平成8年1月29日」
と記した、次の2冊の本が手元にある。
「童謡詩人 金子みすずの生涯 矢崎節夫著
1995年9月14日第7刷
JULA出版局」
「新装版 金子みすず全集
編集 与田準一、まどみちお、
清水たみ子、武鹿悦子、
矢崎節夫
1.美しい町
2.空のかあさま
3.さみしい王女
解説書・金子みすずノート(矢崎節夫)
1995年9月27日第17刷
JULA出版局」
金子みすず(本名テル)の短い生涯と、
矢崎節夫氏による、その発掘の過程は、
どのようなフィクションにも勝る
涙と感動の奇跡に近いような物語である。
西條八十による金子みすず童謡の高い評価とその交流、
作品を託されていた実弟上山正祐とみすずとの関係と
矢崎氏の正祐氏との出会い、
離婚と子供を夫側に手渡さないための手段としての
自殺による満二十六歳の生涯、
金子みすずの一児の現在等々。
そして、なによりも、一度接すると、
虜になってしまう、みすず詩の力に驚く。
存在する全ての物や事象・風景等が、皆新鮮に感じられるようになるほど、
見方が一変する。
世界が、生き生きと動き出す。
不思議なこころに満たされるようになる。
そして、豊かな優しい心がよみがえってくるような気持ちがする。
まずは、矢崎氏が大学1年生の時に出会い、以後の長い金子みすず探索のきっかけとなった、文庫本「日本童謡集 与田準一編 1957年12月20日第1刷 岩波書店」に、1編だけ載っている有名な「大漁」を次に紹介しておきたい。
朝焼小焼だ
大漁だ
大羽鰮(いわし)の
大漁だ
浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰮のとむらい
するだろう。
現在、上記2冊の、
金子みすずに関する原典とも言うべき書物に頼らなくても、
多くのみすずについての本が出版されつづけている。
しかし、この2冊こそが、もっとも重要な書物である。
【以下は1月3日同窓会終了後に、続けて書いた部分である】
全集には、死を覚悟して、西條八十と実弟上山正祐に、渡された三冊の遺稿手帳に記された512編の詩が収められている。
この中に、題名に「石」が含まれているものとして、『美しい町』の中の「石ころ」、「濱の石」、「切り石」、『空のかあさま』の中の「空屋敷の石」、「石と種」がある。また、題名には入ってないが、詩本体に“石”の語が入っているものが数編ある。
以下に、「石ころ」と「濱の石」と「切り石」を引用させていただく。
「石ころ」
きのふは子供を
ころばせて
けふはお馬を
つまづかす。
あしたは誰が
とほるやら。
田舎のみちの
石ころは
赤い夕日にけろりかん。
「濱の石」
濱辺の石は玉のよう、
みんなまるくてすべっこい
濱辺の石は飛び魚か、
投げればさっと波を切る。
濱辺の石は唄うたひ、
波といちにち唄ってる。
ひとつびとつの濱の石
みんなかはいい石だけど、
濱辺の石は偉い石、
皆して海をかかへてる。
「切り石」
石屋に切られた
切り石は、
飛んで街道の
水たまり。
学校もどりの
左側、
はだしの子供よ、
気をつけな。
切り石や切られて
おこってる。
ほとんどの人は、石ころなど歯牙にもかけない。
しかし、金子みすず的に石ころを見れば、
いろんな物語が生まれる。
石ころから、さまざまなことを学ぶことも出来る。
石ころぐらいしかない殺風景なところでも、退屈することはない。
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