2006年1月27日 (金)

『健康批判』に対して

 先に、亀井勝一郎の
健康に関する次のようなアフォリズムを載せ、
これらが、私の心をチクチクと刺し続ける、
何とかならないものだろうかと書いた。
 今回は、このことに対する、
なんらかの解決への糸口を見つけだそうとする、
ささやかな試みである。

 「頭脳がからっぽになるほど健康に熱心な人がいる」

 「歩くことは健康の基本である。
    しかし歩いてばかりいるのは精神の浮浪児である」

 「(前略)くよくよしないこと。心配ごとを持たないこと。
    食物をよくかむこと。酒も煙草も用いないこと等々。
      長命の秘訣のなかには、何かしら人間性への侮蔑がある」
 
 これらから、うかがえる事は、
健康は人間にとって、
万人に最上の価値と認めてもらえるようなものではないことを、
あからさまに主張しているように思われる。
         
 やや異なった観点からではあるが、
健康の至上価値説に対する批判の書として、
「東京大学公開講座25“健康と生活”
 東京大学出版会 1977年10月」所収の、
今道友信文学部教授による、
45ページにも及ぶ「健康への懐疑〜知性の使命〜」
という興味深い論文がある。
 すこしばかり長くなるが、
まずは、この内容を紹介するところから、
すすめていきたい。
 【なお、“健康と生活”は、以下の10編の論文から成っている。
    「健康法あれこれ」、
    「食物と健康」、
    「スポーツと健康」、
    「くすりと健康」、
    「結婚生活と健康」、
    「心の健康と病気」、
    「健康への懐疑」、
    「仕事と健康」、
    「都市生活と健康」、
    「医療の経済学」】

 それは、次のような文で始まっている。
 「(前略)健康こそが疑いもなく人間にとって
一番大事な価値であるかのように言われることもあろう。
しかし、ほんとうにそうなのかどうかということを、
われわれはまず考えてみなければならない」
 そして、戦時における兵役を免れるための仮病や、
愛を獲得するための自傷行為、
スタイル維持のための過剰なダイエット等の例を挙げて、
「健康よりも何か大事なものがあるからこそ、
健康でないように装ってみたり、
実際に健康でなくなりたいと思ったりするのである。
 それゆえ、
健康は人間にとってかけがえのない第一級の価値なのではない」
と論を展開する。
 
 続けて、「健康が第一級の価値ではないということ、
これはもう一歩考えを進めてみると、
生物学の常識なのである」とまで言い、
昆虫が示す仮死状態や、人がおちいる失神などを例に出して、
「生物、すなわち
生きるということをその本質状態とする存在者にとっては、
健康に生きてゆくことが
生きることの理想的な姿であると思うが、
それなのになぜ、
その健康がそこなわれるような状態が、
意識的にであれ、無意識的であれ、
望まれることがあるのか。
 それは健康ではない状態によって、
ある貴重なものを守ろうとするからである。
 健康でない状態によって、
何を守ろうとするのか。
仮死の状態になってまで守ろうとするものは、
前述したように二つあると思う。
非常な肉体的苦痛や限度を超えた
精神的苦痛を免れようとすることと、
生命を守ろうとすることが、
失神や仮死の生物的機構なのである」と述べている。

 さらに、
「人は生命をさえ献げなくてはならない時があるとすれば、
いわんや、健康に於いてをやである。
あまり健康健康とそればかり大切にしていると、
人間は人類が守ってゆかなければならない
自由も、平和も、あるいは命までも
捨ててしまわなければならなくなってしまう。
 (中略)文化の中には、少なくとも
自分自身の健康を犠牲にするくらいの
覚悟を以て事に当らなければ成立する筈もなかったものが多々ある」と、
考えを敷衍していく。
 その結果、
「命を捨ててでもとか、
健康を犠牲にしてでも
守り通さなければならないものがあるということは、
実際にそうだというふうに考えて、
まずそのことは
自分の考察のテーマの中に入れなければならないと同時に、
軽々しく命を捨てようと考えてはならない。
 それら二つのものは
精神の自己実現のための場なのである。
また、自分の健康を犠牲にしても守り通したり、
達成したりしなければならないものは確かにあるが、
それは良識で考えなければならないということも
意識すべきである」という考えに到達し、
ここで、良識とか思慮という問題を浮び上がらせている。
 そこから導かれるのが、
「文化を創造したり仕事を完成したり、
あるいは平和とか自由を守り通すために、
健康や命を犠牲にすることが必要になってくることがありはするが、
それをどういうときに、
どの程度犠牲にしなければならないかを
正当に判定し得るだけの
健全な精神について省察を加えるべき段階に至った」ということであり、
「時により場合により、
われわれが犠牲にしてもよいような健康があるとすれば、
それは身体の方の健康であって、
もし逆に心の健康を捨てるということがあれば、
それは人間ではなくなることであると言わねばならない」
と結論づけている。

 次の段階の考察の対象は
『人生は不健康への傾斜であるという説』を発端とした、
『健康と幸福』の問題についてである。
 
 「人間が生きるということは
やがては健康な状態を失うところに進んでゆくことなのである。
したがって、前に明らかにしたように、
人間にとって、健康が第一の価値でなかったことは、
ありがたいことだと言わなければならない。
 どうしてかというと、
もしも健康が人生にとってほんとうに第一の価値だとするならば、
人間は生きることを介して
いずれ第一の価値から徐々に離れてゆくことになるからであり、
そして、それは別の言葉で言えば、
不幸になるということになる。
そうであるとすると、
幸福とは
元気な人の青春にしかないものとなってしまうではないか」
 
 「健康も大事であるが、
われわれが人並みに求めているものは
幸福すなわち『しあわせ』ではなかろうか、
という問題である。
幸福の条件として、われわれは凡人なるがゆえに、
健康も数えたい。
健康を喪うことは、それとして見る限り、
確かに幸福ではないのであるから、
幸福の条件のひとつとしして、
健康がほしいと思う。
 しかし、健康を失っても、
場合によっては健康があったときよりもなお幸福になる
ことができるのでなくては人間の生ではない」
 
 以上から、
『人間にふさわしく、
健康なき幸福の可能性をもとめなくてはならない』とし、
さらに、幸福とは何かということについて、
ポーランドのワルシャワ大学の
ヴラデイスラウ・タタールキェヴィッツ教授の
幸福の四つの条件を掲げて、それぞれ、
健康と関係を持たせながら論究が続くが、ここでは省略する。
 結論的に、
ハワイのモロカイ島において
聖ダミアンがハンセン氏病患者に対して行った行動等をあげて、
 「健康は人間がより幸福になるための
人生の闘いの最も平凡な条件の一つといっていい。
 しかし、それは必ずしも絶対に必要な条件ではない。
不健康であっても
幸福になるように闘うことができると考えておかなければならない。
たとい、絶対に健康になることができなくても、
人は幸福にはなれるのである」という。

 最後に、技術連関社会である現代社会と健康について触れ
「われわれはその技術連関の中で、
多くの仕事を機械の機能に換算して
操作する工夫や研究を続けてきたので、
次第次第に人の命もそのような機能として
量化を介して機械として考えられるようになってくる。
 したがって健康も、病気も、
すべて機能と関係づけて理解され始める。
すなわち、人間がある種の働きに適している状態が
健康であると規定されてくる」と警告し、
「物象的変化の形式で、
いかほどたくみに機能が保たれることがあっても、
それだけが人間ではない、
ということを考えておかなければならない。
 健康を
もしも物象的な機能が
十全に行われていることであると言ってしまうならば、
その場合の健康は
心の問題を省いてしまっていると言わなければならない。
人間は人間であるかぎり、
物象を越えてゆく精神であることを忘れてはならない」と述べる。

  これらを受けて、今道友信は、
 「人間として生まれたからには、
他者に開かれ、
他者と助け合って向上してゆくところの絆となる
この知性ー人間的愛の可能性の根拠ーを
それぞれに可能な形式と程度で磨き上げ、
自分に許されている高さに健康を高めながら、
その知性で
健康に対して目的を指示しなければならない。
 何のために自分にこの健康が許されているのか、
また、何のために自分はよりよい健康を求めようとするのか、
ひいては何のために自分は生きているのか、
そのことを
知性ー人間の愛の可能性の根拠ーによって正しく反省しなくては、
健康と言っても、
右翼や左翼の政党が
世界の各地で考えているような
国力増進という名のもとでの
世界破壊の道具にさえ堕してしまうのである」と言い、
旧約聖書の中の
「我は健康よりも智慧を愛す〜知恵の書〜」という言葉で結んでいる。

 ところで、今日の、
主として先進諸国における健康政策の大きな潮流を
後押ししているのが、以前にも紹介した
WHOが一九八六年に採択した
「ヘルスプロモーションに関するオタワ憲章
(以下、“オタワ憲章”とする)」である。

 ここにおいて、健康は、
人生の目的ではなく、
毎日の生活の資源として捉えるべきであることが述べられている。
 しかし、だからといって、
このことが健康の価値を落としめているようには思えない。
私には、健康は個人の祈りにも似たような、
日々の平凡ではあるが地道な努力と、
社会の広く大きな組織的努力によってしか、
もたらされないものであるとの思いが強いので、
亀井氏や今道氏のようには、
軽々しく健康の重大性について、
疑問を差し挟めないのである。

 人の生活意識は、
たくさんの層から成り立っているのであり、
当然の事として、
ひとりの人間の精神の中には、
重層的かつ多様な志向があるはずである。
どのように健康熱心な人でも、
日々の生活時間構造からみて、
亀井氏が挙げておられるような、
直接的に健康に関連して費やす
生活意識・行動時間はわずかなものではないだろうか。
 その部分的な健康意識・行動生活によって、
その人の全人格を判断することなどできるはずもない。
亀井氏の健康についての批判意見は
、一方的で、いささか針小棒大な誇張した考えである。
 
 それでは、歩いてばかりの、
また食事作法に厳しい、
無心になることを目標においた修行僧の生活などは、
どのように考えたらよいのだろうか。
 
 また、今道氏の考えについて言えば、
基本的には亀井氏の意見に対する反論と同様であるが、
さらに追加して言えば、
すでに貝原益軒が『養生訓』の中で説いていることではあるが、
平常時の備え(健康)と、
非常時の実行(知性による犠牲的行動、冒険等)
とでもいうべきものの区分で考えれば良いのであって、
あながち健康価値を下げて置かねばならないようにも思えない。
 非常時の実行が正しく行われるためには、
平常時の備えがなければならない。
そのためには、健康は極めて大切な心掛けであらねばならない。
身体と精神の健康を、便宜的に分けることは、
実際には困難であり、
これらは不可分に繋がってくるものである。

 なお、今道氏が、
その評論のなかで使っている
『健康』という言葉の意味している内容について述べておきたい。
 これは、最後の方で取り上げる
「健康病〜健康社会はわれわれを不幸にする〜 (洋泉社新書)」の
上杉正幸氏の使い方にも共通することである。
 
 ここで、以前に紹介した、
本宮輝薫氏が整理した5つの健康観と新たな健康の定義を再掲する。

  (1)健康とは病気のないことであり、
        病気とは健康でないことであるという
              二元論的健康観
  (2)健康とは身体的にも、精神的にも、社会的にも     
        完全に良好な状態であるという
              完全主義的健康観
  (3)病気を健康の欠如ないし低次の健康とし、
        病気からより質の高い健康までを
              一元的・連続的に捉える健康観
  (4)健康から病気、病気から健康への
        プロセスを重視したり、病気や障害といった、
         一人一人与えられた条件の中で
           より良好な状態を目指していくといった
              循環的・個別的健康観
  (5)生命・生活・人生といった
        生き方そのものを自己統御していく
         プロセスとして健康を捉え、
          人間生活全体を包括的に見ていく
              全人的健康観
 
 本宮の新たな健康の定義は、
「単に病気でないことを越えて
より質の高い健康が存在すること、
その際場合によっては
完全な健康に近づくことも可能であること、
また不治の病や先天的な障害を持った人にも
その病苦に応じた健康が可能であること、
さらに生き方そのものが
健康として捉えられること、この4つ」を考慮にいれた、
「ホリスティックな健康とは、
精神、身体、他者、環境からなる自己の全関係性から見て、
一人一人与えられた条件において自ら達成可能な、
より良好なレベルの生の質を得ている状態である」というものである。
 
 しかし、今道氏等、健康懐疑派の多くは、
旧来の一般的に流布している二元論的健康観ないしは、
完全主義的健康観が本質的に抱えている矛盾のみにこだわって、
論を展開しているのである。

 ここで、前記したオタワ憲章は、
約10頁程度のものであるが、
その中で、健康概念について書かれている部分を抜き書きしておく。
 
 まず、「健康は身体的な能力であると同時に、
社会的・個人的資源であることを強調する
積極的な概念なのである」とした上で、
次のように書かれている。
視点がやや異なるが、
本宮氏のホリスティックな健康の定義に、
ある程度類似しているようにも思えるのだが、いかがであろうか。

 「健康のための基本的な条件と資源は、
平和、
住居、
教育、
食物、
収入、
安定した生態系、
生存のための諸資源、
社会的正義と公正である。
健康の改善には、
これらの基本的な前提条件の安定した基盤が必要である」

 「健康は、
社会、
経済、
および個人の発展のための重要な資源であり、
生活の質の重要な要素である。
政治的、
経済的、
社会的、
文化的、
環境的、
行動科学的、
生物学的な諸要因は、すべて健康を促進させ、また阻害しうる」

 「健康は、
人びとのあらゆる生活舞台、
すなわち、学び、働き、遊び、そして愛するところで、
人びとによって創造され生かされている。
健康は、
自分自身や他者のケアによって、
自らの生活環境を決定し管理することによって、
そして社会のすべてのメンバーに
健康の達成を許すような
創造的な状態のなかでの生活を
社会が保障することによって、創造されているのである」

 WHOは、
一九七九年五月の第三十二回総会で、
前年に、
当時まだソ連に属していたアルマアタで開かれた
プライマリヘルスケア国際会議の報告書を受けて、
「二〇〇〇年までにすべての人々を健康に
【ヘルス フォー オール】するための戦略の策定」
を決議した。
 わが国で、昭和五十三年度から始まった
『国民健康づくり運動』は、
この世界的な健康対策の潮流の延長線上から生まれたものである。
 
 そして、平成十二年度からは、
第三次の国民健康づくり運動として、
一次予防重視の
「二十一世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)
【以下、“健康日本21”とする】」が始まった。
 
 その背景として、次のようなことが述べられている。
 「我が国の平均寿命は、
生活環境の改善や医学の進歩により、
世界有数の水準に達している。
しかしながら、人口の急速な高齢化とともに、
疾病全体に占めるがん、心臓病、脳卒中、糖尿病等の
生活習慣病の割合は増加しており、
これに伴って、要介護者等の増加も
深刻な社会問題となっている。
 そこで、21世紀の我が国を、
すべての国民が
健やかで心豊かに生活できる活力ある社会とするためには、
従来にも増して、
健康を増進し、
発病を予防する『一次予防』に重点を置いた対策を
強力に推進することにより、
壮年期死亡の減少、
痴呆や寝たきりにならない状態で生活できる期間(健康寿命)の延伸等を
図っていくことが極めて重要となっている」

 この「健康日本21」は、
カナダや米国等における
同様な取り組みが刺激になっているが、
前述した、
先進諸国における新しい公衆衛生運動を後押ししている、
一九八六年にWHOが採択した
「ヘルスプロモーションに関するオタワ憲章
(以下、“オタワ憲章”とする)」が
理論的支柱になっているように見受けられる。
 平成十年度から、
多数の有識者や専門家を動員して検討をすすめ、
公聴会等も開催した後、
平成十二年三月に正式に厚生労働省から通知として出された。
 
 「健康日本21」は、次のような構成となっている。
  第一 趣  旨
  第二 基本的な方向
    1 目  的
    2 期  間
    3 基本方針 
     (1)一次予防の重視
     (2)健康づくり支援のための環境整備
     (3)目標等の設定と評価
     (4)多様な実施主体による連携のとれた
        効果的な運動の推進
  第三 目標等について
    1 性  格
    2 設定の考え方
     (1)栄養・食生活、
     (2)身体活動・運動、     
     (3)休養・こころの健康づくり、
     (4)たばこ、
     (5)アルコール、
     (6)歯の健康、
     (7)糖尿病、
     (8)循環器病、
     (9)がん
  第四 地域等における健康づくり運動の推進について
 
 「趣旨」は、
「健康を実現することは、
元来、個人の健康観に基づき、
一人一人が主体的に取り組む課題であるが、
個人による健康の実現には、
こうした個人の力と併せて、社会全体としても、
個人の主体的な健康づくりを支援していくことが
不可欠である。
 そこで、『健康日本21』では、
健康寿命の延伸等を実現するために、
2010年度を目途とした具体的な目標等を提示すること等により、
健康に関連する全ての関係機関・団体等を始めとして、
国民が一体となった健康づくり運動を
総合的かつ効果的に推進し、
国民各層の自由な意思決定に基づく
健康づくりに関する
意識の向上及び取組みを促そうとするものである」となっている。

 正式通知に先立って、
「健康日本21」の「中間まとめ」の発表があった後で、
読売新聞(一九九九年十一月二十九日)に掲載された
山崎正和氏の
『健康崇拝〜国の後押しは危険〜
(“世紀を読む”朝日新聞社 
二〇〇一年十月一日発行 所収)』という、
激烈な
健康づくり運動批判の論調には驚愕した。
先の今道氏の見解に通じている部分もある。
紹介しておきたい。
 
 次のような書き出しで始まっている。
 「『健康は宝だ。健康のためなら死んでもいい』という冗談がある。
二十世紀も終わりに近づいていて、
いまとくにアメリカを中心に、
世界の先進国で『健康カルト』が荒れ狂っている観がある」
 
 そして、
まず、「健康日本21」を
「一読して誰もが悪い冗談だと思うだろうが、厚生省は大まじめである」、
「これは明らかに権力による国民精神作興の企てである」
と酷評し、批判する。
 続けて、
「(前略)肉体の健全さの質を権力が決め、
結果的に精神の健全さを均質化するのは危険なのである。
 じつをいうと、
厚生省みずから一方ではこの危険を知っていて、
個人の生活は各自の自律的な健康観に従うべきだと認めている。
だがその同じ短い文章のなかで、
同時に生活習慣の国家的な目標を示そうというのは、
いったいどういう論理なのだろうか。
自律的な個人を
国家目標に服従させるのは根本的に矛盾であるが、
どうやら賢明な厚生省はそのこともわかっているらしい。
 そこで役所は悪しき生活習慣を法的に禁止するのではなく、
それに反対する国民『運動』起こし、
みずから努力する良民を『支援』するのだという。
 だがじつをいえば、
『健康日本21』のもっとも薄気味悪いのはこの部分であり、
そこに含まれている思想なのである」、
「良民を『支援』し『運動』起こすとは、
ほかでもなく社会に正体の見えない『空気』を醸しだし、
国民の自己規制と相互監視を促すことにほかならないからである」
等と述べている。
 その上で、
「怪しい空気はすでに広く現実社会にみなぎっていて、
厚生省はただそれに乗って
時流に迎合しているだけだともいえる。
それがあの『健康カルト』であって、
正体のない空気のように世紀末を覆っている新宗教である」といい、
「今、健康ほど人類が一致して支持する価値はほかになく、
健康がここまで人類の情熱を煽った時代もほかになさそうだが、
これはいったい何事なのだろうか」と疑問を投げかけ、
その理由についてさまざまな角度から考察している。

 結末部分は以下の通りである。
 「現代の『健康カルト』はこうして見ると、
この真に多様で個性的な、
ときに異様にさえ見える情熱が
衰弱した結果だと考えることができる。
だが歴史を切り開き、
文明を創造してきたのはいつの世にも、
そのときには異様で
『不健康』な精神であったことはいうまでもあるまい。
この変革の時代に、
人間の情熱が一つの目標によって画一化され、
まして国家によって善導されるのはグロテスクであり、
最大の時代錯誤といわねばならないだろう」
 山崎氏は、
“冒険や挑戦を賛美する風潮が衰え”、
“無償の情熱が薄れ、
それに感動する心も弱くなった”と嘆いているが、
実際には、
従来型の登山や探検に加え、
宇宙や国際貢献やスポーツはじめ様々な分野において、
冒険や挑戦を志す者の数は
格段に増えてきているのではなかろうか。
数が多くなって、
これまでほどの話題にならなくなっただけではなかろうか。
 ただ、無謀な計画と言われないように、
十分な準備がなされるようになってきたのであり、
健康管理もそのうちの重要な一部であるにすぎない。
 また、一般的に、
現代の急速に変化し、
高度かつ複雑さを増す人工的社会で、
さらに過度な情報が行き交う競争・消費社会においては、
生命を守り、
健康づくりに役立つ確かな基本情報を、
公平中立な立場のところが
提供していくことは不可欠になってきている。
 情報の選択、活用は、
全く個人の主体的な判断によるものであり、
なんら強制されるようなものではない。

  健康は、
生き甲斐ないしは人生の目的としての大事をなす、
あるいは非常時に備えた、
平常時の努めとして、
全ての人が基本として
身につけて置く心掛けとしておきたいものである。
 健康づくりの要点は、
本来、極めて簡単なものであり、
時間をそれほど必要とするものでもなく、
ましてや子供の時から習慣化しておきさえすれば、
負担をほとんど感じなくてすむものである。
 過剰な、次から次にと現れる新手の、
根拠の不確かな、
商業主義的な健康情報に踊らされて、
健康を害することを予防していただきたいのである。

 ところで、
山崎氏は、文中、
次のようなことも述べているのである。
 「もし厚生省が自己の政策に確信を抱いているのなら、
国家の責任ある機関として、
法と規制によって断固として悪を根絶すべきであろう。
それを避けるのは、
役所が立法府を説得するだけの根拠を欠いているか、
明確な姿勢を示して国民の反発を買うのを恐れているかの、
どちらかだろう。
どちらにせよ、
これは行政機関にとって無責任な態度であるうえ、
国民の気風を卑しく不健全にする方途だといわねばならない」
 この意見があったためとも思われないが、
「健康日本21」に法的根拠を与えた
「健康増進法」が、平成十五年五月一日から施行となった。
 
 『健康増進法』は、
これまでの「栄養改善法」の内容を取り込んで、
全く新しい健康づくりの基本法的性格を持った法律として
成立したものである。
その構成は次のようになっている。
  第一章 総則(第一条〜第六条)
  第二章 基本方針等(第七条〜第九条)
  第三章 国民健康・栄養調査等(第十条〜第十六条)
  第四章 保健指導等(第十七条〜第十九条)
  第五章 特定給食施設等
   第一節 特定給食施設における栄養管理
       (第二十条〜第二十四条)
   第二節 受動喫煙の防止(第二十五条)
  第六章 特別用途表示及び栄養表示基準
      (第二十六条〜第三十三条)
  第七章 雑則(第三十四条・第三十五条)
  第八章 罰則(第三十六条〜第三十九条)
 
 この健康増進法は、
第二十五条「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、
集会場、展示場、事務所、官公庁施設、
飲食店その他多数の者が利用する施設を管理する者は、
これらを利用する者について、
受動喫煙を防止するために必要な措置を
講ずるようつとめなければならない」が
マスコミで大きく取り上げられ、有名になったが、
前記したように「健康日本21」の
法的根拠の部分が核心をなすものではないかと思われる。
 第七条で、
厚生労働大臣から
国民の健康の増進の総合的な推進を図るための
基本方針が示されることとなっており、
第八条で、
地方自治体は、
基本方針を勘案して「健康増進計画」を定めることとなっている。
(基本方針に「健康日本21」の内容が、そのまま取り入れられた)

 予測されていたことではあるが、
先の山崎氏の批判にも通ずる意見が、
平成十五年九月一日の山陽新聞(夕刊)に掲載された。
私は、これまで名前を存じ上げない方だが、
ジャーナリストの粥川準二という名で
コラム「健康を問い直す」に、
「戦前の日本の姿と重なる〜二〇〇〇年からの運動〜」
という見出しの論説が載っているので紹介したい。
 内容は、
「強制された健康(吉川弘文館)」の著者で、
日本近現代史を専攻する富山国際大助教授、
藤野豊氏の考えを、主として伝える形になっている。
 健康増進法の第二条
「国民は、健康な生活習慣の重要性に対する関心と理解を深め、
生涯にわたって、
自らの健康状態を自覚するとともに、
健康の増進に務めなければならない」を読んで、
藤野氏は次ぎのように言ったという。
 「一九三八年に厚生省(現厚生労働省)ができた時、
初代厚生大臣の木戸幸一が言った
『健康報国』をすぐに連想しましたね」
 そして、粥川氏は、
木戸が同年五月に日比谷公園で開かれた講演会で述べたことを
「強制された健康」から、引用している。
すなわち、
「国民各自が自己の身体は自分だけのものでなく国家のものである。
(略)国家の為に之を鍛練し、之を強化し、
以て国家報国の信念を保持することが肝要であります」
 続けて粥川氏は、
「健康を義務としたファシズム国家は日本だけではない。
ナチスドイツでも、
三九年にナチ党の青少年組織ヒトラー・ユーゲントは
団員に課した『十戒』で、
『健康であることはきみの義務である!
この言葉がきみのすべての行為を支
配しなければならない』と定めている
(H・P・ブロイエル『ナチ・ドイツ清潔な帝国』人文書院)。
戦前の日本は
ナチスの保健政策を模倣して『厚生運動』を展開した」と述べる。
 最後は、藤野氏の以下のような見解を記して終えている。
 「うがった見方をすれば、
社会の高齢化で高騰した医療費の削減だけが目的ではなくて、
有事立法などとの連動があるのではないかと思います。
戦争を前提とした、
国民全体の体力強化が背景にあるのではないでしょうか。
僕の考え過ぎであればいいのですが・・・・・」

 ひとつの意見としては、
成り立つし面白いかもわからないが、
ステレォタイプな、
一定のイデオロギーに立脚した考えのような感じがしてならない。
 この高度で複雑な、
しかも急激に変化して止まない人工的社会において、
皆がこぞって安心と幸せを得ていくためには
国家と地方自治体の役割は欠かすことはできない。
 ましてや、
商業主義が過剰に蔓延している情報過多の消費社会で、
社会保障の安定した福祉社会づくりをすすめていくことは
並み大抵のことではない。
特に、適切に情報選択を行いがたい社会的な弱者に配慮し、
健康被害を被らない様ようにしていく必要がある。
過去の歴史の教訓は大切にしなければならないが、
今や人類は全く新たな段階に到達しつつある。
原点を大切にしながら、
新たな発想で福祉社会づくりをすすめていかなければならない。

 近年、医師で作家の米山公啓氏が
「健康病の治し方(徳間文庫)二〇〇〇年一月」、
「『健康』という病(集英社新書)二〇〇〇年六月」などの本を出したり、
東海教育研究所発行の月刊誌「望星」平成十五年四月号が
「『健康』という時代病」という特集を
したりと、健康論議が盛んである。
 その中で、「望星」四月号にも出ている
香川大学教育学部教授の上杉正幸氏は、
著書「健康不安の社会学〜健康社会のパラドックス〜
 世界思想社 二〇〇〇年七月刊」及び
「健康病〜健康社会はわれわれを不幸にする〜
 洋泉社新書 二〇〇二年十二月刊」の中で、
しきりに過去から現在にいたる国の健康政策が、
ただ健康不安を拡大させるばかりで、
国民をかえって不幸にしていると
強い調子で批判論を展開している。
 医学が進歩して、
より精度のよい健康診査手段が出現したり、
疾病発現の危険因子がより多く明らかになるにつれ、
人びとは、みんなが異常を、
より多く抱え込むようになり不安が増すばかりだという論法である。
 そして、「人間ドックは健康不安再生装置」、
「『健康日本21』とは国民全員を健康にする運動ではなく、
国民全員を不安に陥れ、
その生活をクローン化させ、
半健康人や病人を増やす運動であり、
むしろ『病気日本21』だ」とまで、
批判のトーンを高めている。
  
 しかし、いろいろな調査で、
健康不安がある者は確かに多いものの、
一方、自分は健康だと思っている者の割合も実に高いのである。
上杉氏は、
日本人の知的レベルというか主体性を
余りにも低くみているのではないだろうか。
不安をバネにした、
自分に適した健康努力をそれなりに行っているのである。
国や自治体が提供しているのは、
そのうちのごくごく一部に過ぎないのではないだろうか。
 我が国には、
江戸時代の養生論の流行にはじまり、
明治にはいっての衛生思想の普及、
食養生運動や各種の健康法の盛衰等
絶えることのない健康ブームが続いているように思われる。
 この根底には
『健康文化』といってもよいような領域があるのではなかろうか。
瀧澤利行氏の労作
「健康文化論(大修館書店)一九九八年二月刊」の助けを借りて
『健康文化』の概念を整理し、
さまざまな健康批判を超える手がかりにしていきたいものだ。

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2006年1月16日 (月)

「健康って、何?(2)」

 「健康」と健康診査(診断)のことから入っていきたい。
現行の健康診査(診断)で異常が見られないということが、
トータルな「健康」を保証したことにならないということについては、
説明を要することだろう。
 
 健康診査は、
それぞれの年代等の者を対象として、
母子保健法、
学校保健法、
労働安全衛生法、
老人保健法、
結核予防法等に規定され、
自治体や事業所、学校、施設等
に実施が義務づけられて、広く実施されている。
 これらの健康診査は、
おのおのの年代の対象者が罹りやすい
特定疾患の予防対策に
重点が置かれて行われており、
そして費用、実施体制、医学技術面等から、
かなり限定的な内容とならざるえない状況にある。

 あくまで、
一定の制約がある方法のもとで行われた診査下での、
部分的かつ一時的な、
特定疾患群に関連した健康評価である。
 ただし、小児については、成長・発達評価が加味されている。

 ところで、真の「健康診査」とは、
どのようなものであろうか。
難しい問題である。
 繰り返すが、現行の健康診査での「異常なし」は、
完全な健康を意味してはいない。
 健康診査が、
予防医学を基盤に、
結核等特定疾患の予防対策として導入されている以上、
本質的に止むを得ないものである。
 
 そもそも、完全な健康というものが、理想としてはあっても、実体として考えられ
るものであろうか。

 「近代医学の史的基盤」、「医学概論」、「感染論」等の
名著のある川喜田愛郎
(一九〇九年生、細菌学・ウイルス学専攻、千葉大学長等勤める)著
「生命・医学・信仰 新地書房 一九八九年一月」所収の
「『健康』という概念」を紹介するところから
本論に移っていきたい。
 
 この一文は、
「当今、健康について語る人が判で押したようにもちだすのは、
WHO規約の前文の一齣である。(略)
それはなるほどひびきのいい言葉だが、
実は気楽に口にはできないはずの話である」
という書き出しで始まっている。
 
 「医学が長い間、
健康をおおむね『病気の不在』とみてきたのは、
その当否は別としてたしかな事実である。
それは医学ないし医術を業としない一般の人々の意識とも
正確に照応する。
 なぜならば、ちょうど何かの原因で息苦しさを覚えたとき、
はじめて人に新鮮な空気の有難味わかるように、
健康は病気に罹った人の
ノスタルジアとして思い出されるのがならいだからである」
 
 「歴史的にみればもう一つはっきりする。
逸楽の中で不老長寿の霊薬を求めた
ひとつまみの人々を除く大方の庶民にとっては、
疫病、戦乱、飢饉、さては苛斂誅求の隙を縫って、
まず最低に生きることこそ
いつもその切実な願いでなけばならなかったことは、
あの無病息災というつつましやかでしみじみとした言葉が
物語っている通りである」
 
 「健康の問題は、
だからまず大衆のレヴェルで
考えられなければならないのだが、
前世紀以来の近代衛生学においてもまた、
話は大上段に構えた健康概念よりは、
現実の病気の脅威を除くことからはじまっている」
 
 「自然科学で養われてきた近代医学者が
健康の問題にしばしば戸惑うのは、
医学の対象である病人がいつものっぴきならぬ事実として
われわれの前に現存するのに対して、
健康が、言うならば
われわれのオプションに任されたふしの多い
話であるという点にかかっている」
 
 「健康がほかでもない人の話であるからには、
肉体だけを切り離して考えるのは明らかに無意味で、
英語のhealthの語源に照らしても、
wholeをこそめざさなければならない、
と言えば高望みにすぎるだろうが、
少なくともそうした見方を離れては
健康論は実質を失うと考えなければならないのである」
 
 「健康が
もしおよそそのようなものだっとしたら、
それは学問的な出自の偏ったわれわれ医学者の
手に余る問題であると考えなければなるまい」
 
 「同時に、
人が肉体をももつ存在であって、
しかもしばしば病んで悩み、
その病は死にもつながることが明らかな以上、
その辺の消息について
何ほどかの知識をもつ医学者も加わった上で
もっと多くの人々が
『健康』についても考えなければならないのではあるまいか」
 
 以上、医学と公衆衛生の本質を基礎に置いた、
一般に最も流布していると思われる
「健康」と「病気」の考えの背景に関する
極めてわかりやすい解釈と、
今後の望ましい「健康観」定着への期待についての意見である。
 このことを踏まえて、
これから「健康」について考えてみよう。
 
 まず、『完全』という概念を含む
WHOの「健康」の定義の問題の総括について、
「健康とは何か」をテーマに特集した
二〇〇〇年九月号の『現代思想(青土社)』所収の、
根村直美の論考「WHOの〈健康〉の定義」から、
抜粋をさせてもらってお示ししたい。
 根村論文のポイントは、
遺伝医学の進歩がもたらす、
各種の遺伝サービスが抱えている倫理的諸問題であり、
そのことに対する、
科学および科学技術と公衆衛生に立脚した
WHO活動への厳しい批判的注文である。
 そして、
その根底にあるWHOの「健康」の定義の
哲学的な問題点に言及している。
 
 さらに、根村は
「健康とジェンダー 
根村直美・原ひろ子編著(明石書店) 
二〇〇〇年十一月」の中でも、
「WHOの〈健康〉概念に関する哲学的検討
〜その〈危うさ〉の考察〜」として、
WHOの〈健康〉の定義への批判論を展開している。

 『〈健康とは、
単に疾病がないとか虚弱でないというばかりでなく、
肉体的、精神的、社会的に
完全に良好な状態である(WHOの健康の定義)〉
 WHOの定義に関して二つの点に目を向けてみたい。
一つは、この定義が「完全に」という語を含む点である。
WHOの〈健康〉の定義が
この語を含むことについての批判は早くからなされている。
 
 例えば、
医療に関する哲学的考察で有名な
ダニエル・キャラハンは
「肉体的、精神的、社会的に完全に良好な状態」は、
個人にとっても、社会にとっても、
束の間でも存在したのか疑わしいし、
今後についても疑わしいとして、
「完全に」という語を用いていることを問題としている(中略)。
 
 WHOは、
一九八六年に採択した「オタワ憲章」において、
世界保健憲章前文の
〈健康〉の定義への批判に対応したと思われる「健康」観を示している。
 即ち、オタワ憲章では、
「健康は、生きる目的ではなく、
毎日の生活の資源である。
健康は身体的能力であると同時に、
社会的・個人的資源であることを強調する概念である」とされ、
さらに、
「健康は社会、経済、および個人の発展のための重要な資源であり、
生活の質の重要な要素である。
 政治的、
経済的、
社会的、
文化的、
環境的、
行動科学的、
生物学的諸要因は、
すべて健康を促進させ、また阻害しうる」としている(中略)。
 
 確かに、
オタワ憲章において新たに提示された〈健康〉概念は、
「完全」といった表現を含まなくなり、
最初の定義より記述的な色合いが増している。
しかしながら、オタワ憲章全体から、
この表現が消えたわけではない。
先の〈健康〉概念の中に、
「身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態に到達するためには、
個人や集団が望みを確認・実現し、
ニーズを満たし、
環境を改善し、
環境に対処することができなければならない」という一節があり、
最初の定義を目標として掲げている。
 一九四六年に出されたWHOの定義は到達不可能な概念であるがゆえに、それを理
想ととらえる解釈は既に存在していたとみられるが、その定義が目標であり、理想で
あることが明確化されている。(後略)』
      
 ここで、WHOの定義を【現在の健康の定義】とみなし、
【従来の定義】についても詳しく検討している
『現代健康学 宮田尚之編著 協同出版 昭和四十五年十月』の中の、
従来の健康の定義を紹介したい。
 
 なお、宮田は
京都大学を退官の年に
『人生の目的 協同出版 昭和五十年七月』を出版し、
『現代健康学』に引き続いて、
その中で、
WHOの定義を全面肯定的に受け止め、
「新健康」としてその意義を高く評価し
「健康が人生の本当の価値であるという健康本価説によって、
私はこの健康に生きること、
すなわち健生こそが
人生の目的であると考えたのである」としている。
「全くよく生きる」ことと、
WHOの「健康」を重ねているのである。
 
 この考えは、
現在のWHOの「健康」を生活の資源とする見方とは、
一見相反しているが、
人類共通の人生の目的に対する
深い哲学的洞察にもとづくある到達点として、
WHOの「健康」を
新たな人類共通の価値概念とせざるをえないとする論理には、
一定の理解ができ、
なぜか共感もおぼえる。
 
 ただし、同書の中で
「不健康」を規定して、
不完全、
不良好、
危険、
有病、
有弱を列挙し、
これらに対する見解と対応を詳細に述べているが、
やや楽観的すぎて、甘く、
現在では人権上からも疑念を抱かされる点が多々うかがえる。
 なお、古い人生の目的としては、
幸福とか、
真、善、美、聖、愛等があげられていることを付け加えておきたい。

 さて、宮田が、
従来の健康の定義としてあげているものは、
以下のとうりである。
 
 「1.食事がおいしく食べられる。
  2.少々のことでは風邪をひかない。
  3.昼は元気で仕事ができて、少々のことでは疲れない。
  4.夜はぐっすり眠れて、朝元気に起きられる。(戸田正三)」
 
 「人体の各細胞が正常機能を営み、
    自覚的にも他覚的にもなんら違和のない状態
            (従来の医学的な一般的な定義)」
 
 「健康とは、その心身の上に
    静的にも動的にも異常が認められない状態である。
                      (重田定正)」
 
 「健康とは巨視生理学的な調和のことである。(木田文夫)」
 
 「健康とは身体と精神との両者が協調していることである。(杉靖三郎)」
 
 「健康とは体内部の均衡状態にほかならない。(浦本政三郎)」
 
 「健康とは、
    生体のすべての臓器がよく調和して完全に機能を営み、
    生体がおかれている環境に、
      よく適応して生活し得る状態である。(沖永重雄)」
 
 「刺激と反応とがバランスある状態、
    つまり多くのストレスに際して、適当に反応
            する状態が健康である。(遠城寺宗徳)」
 
 「健康とは有機的活力の程度の高い状態である。(松井三雄)」

  以上のように、
「健康」は、実に様々な観点から、
定義され得るものであることがわかる。
それぞれに合理的な記述であり、
もっともと納得できるのであるが、
特定の科学的概念に依存しすぎているため、
いささか一面的な感じがする。
 ここからは
前向きな生きる姿勢への力はわいてこないような想いがする。
         
 さて、
三木清の指摘する「健康の完全なイメージ」探しであるが、
今日的な健康理論研究のなかに、
その手がかりが得られつつあるのではないかと、
私は密かに喜んでいる。
 
 東京大学出版会から出された、
二冊の新しい健康理論に関するモノグラフを紹介したい。
先きに、川喜田愛郎が期待したような、
医学にとどまらない
「健康」についての
学際的な研究の成果とみなしてよいのではなかろうか。
 
 「健康の理論と保健社会学 園田恭一 一九九三年五月」と
 
 「健康観の転換〜新しい健康理論の展開〜
    園田恭一・川田智恵子編 一九九五年九月」の二冊である。

  後者の序章『「新しい健康理論」の意味と意義』で、
園田恭一は次ぎのように、
健康を考える視点を8つに整理している。

  1.病気との関連での健康、
  2.ライフとの関連での健康、
  3.統御能力としての健康、
  4.自立度としての健康、
  5.主観・意識・質への関心と健康、
  6.患者や障害者の主体化と健康、
  7.行動や生活様式と健康、
  8.支援・連帯・共生と健康
 
 そして、本宮輝薫は、
同書の所収論文『健康度のホリスティックな把握と評価』で、
これまでの健康観を
以下の5つに整理した上で、
新たな健康の定義を試みている。
 
  ①健康とは病気のないことであり、
    病気とは健康でないことであるという
               二元論的健康観
  ②健康とは身体的にも、精神的にも、社会的にも
    完全に良好な状態であるという
               完全主義的健康観
  ③病気を健康の欠如ないし低次の健康とし、
    病気からより質の高い健康までを
               一元的・連続的に捉える健康観
  ④健康から病気、病気から健康へのプロセスを重視したり、
    病気や障害といった、
    一人一人与えられた条件の中で
    より良好な状態を目指していくといった
               循環的・個別的健康観
  ⑤生命・生活・人生といった
    生き方そのものを自己統御していくプロセス
    として健康を捉え、人間生活全体を包括的に見ていく
               全人的健康観
 
 本宮の新たな健康の定義は、
「単に病気でないことを越えて
より質の高い健康が存在すること、
その際場合によっては
完全な健康に近づくことも可能であること、
また不治の病や先天的な障害を持った人にも
その病苦に応じた健康が可能であること、
さらに生き方そのものが健康として捉えられること、この4つ」を
考慮にいれて、
「健康とは
    一人一人与えられた条件の中で自ら達成可能な、
         より良好な生の全体的状態」としている。
 そして、その上に、
人間一般ではなく個々人を指す
『全人的(ホリスティック)』な健康の定義として、
「ホリスティックな健康とは、
  精神、身体、他者、環境からなる自己の全関係性から見て、
  一人一人与えられた条件において自ら達成可能な、
  より良好なレベルの生の質を得ている状態である」を提案している。
 
 また、この論文で、
全人的な健康度の評価法をも示している。
性格・個性、
才能・適性、
思想・倫理、
ライフプロセス、
気づきと自己実現、
運動・体操、
疲労・休養、
食事・栄養、
体質・素因、
性、
家族関係、
友人との関係、
職場での人間関係、
地域社会・社会、
愛、
居住環境、
労働環境、
地域環境、
地球環境・エコロジー、
収入の
20の局面について、
それぞれを
5段階基準のコントロール度で評価する方法である。
 
 これと従来の「健康診査」組み合わせることで、
真の「健康診査」に近づくことになりはしないだろうか。
 しかし、これが一般に認知され、
普及していくためには、
気が遠くなるような長い道のりが必要だろう。
 
 ここで話題を転じて、
現在、私が「はまっている」といってもよい
五木寛之のエッセイの中から窺える
彼の健康観について考え、
本作品を締めくくりたい。
 
 彼は、父母と二人の弟をいずれも若くして失っているのである。
そして、
「考えてみると、
若いころからずっと
自分の死を意識しながら生きてきたような気もしないでもない」と、
必ずし平坦でなかった人生を率直に書いていることで、
惹かれたのだろうか。
 また、評判となった「大河の一滴」の中の
「私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある」ではじまる
「人みな大河の一滴」という作品の最後の部分が
妙に私の心に訴えてきたのである。

 「出会った人間は、別れる。
   どんなに愛しあい信頼しあった夫婦でも、
     いずれどちらかが先立ち、別れなければならない。
       一緒にむつまじく暮らすことができるのも、
              その日までのことである」
 
 「人間は哀しいものだと思い、
       人生は残酷であるのが自然だと考える」
 
 「存在するのは大河であり、
     私たちはそこをくだっていく一滴の水のようなものだ」
 
 「いま私たちはゆったりと海へくだり、
       また空へ還っていく人生を思い描くべきと
             きにさしかかっているのではあるまいか」

 ところで、私には、彼の小説は一編も読み終えた覚えがない。
蔵書の中には、彼の小説作品が何冊かあるところをみると、
以前、読もうと思ったことはあるが、
文体あるいは扱われている内容等に関心を示すことができず、
結局のところ途中で読むのを止めたらしい。

 さて、五木寛之の健康観であるが、
一九八一年に休筆し、龍谷大学で仏教史を学んだ後、
一九八五年から執筆再開した後の作品にあたる
「生きるヒント1〜5 角川文庫」、
「旅人よ! 角川文庫」、
「こころ・と・からだ 集英社文庫」、
「夜明けを待ちながら 東京書籍」、
「他力 講談社文庫」、
「大河の一滴 幻冬舎文庫」、
「人生の目的 幻冬舎文庫」等からうかがうことが出来る。
 五木は、同じ考えや話題を、
重複を気にせずあちらこちらに載せているが、
健康観については、
「こころ・と・からだ 集英社文庫」に、
ほぼ集約されているので、
これを中心に述べたい。
 十二章で構成されているが、
長文の「告白的まえがき」があって、ここに、
全体の内容がほぼ要約されている。
各章は、それを補足しているに過ぎないようでもある。
 
 「健康、などという言葉は、
本当は幻想にすぎないと思う。
百パーセント健康な人間など、どこにもいはしないのだ。
いたとしたら、
それはもはや人間ではない」と記しているように、
五木のいう「健康」の意味は、
本宮の言う二元論的健康観ないし、
完全主義的健康観が念頭にあるようである。
  そして、「〈死〉の側から生を考える。
〈病〉を人間の同伴者だと認める。
〈老い〉を自然のリズムとして受け入れる。
〈死〉を無理に遠ざけようとしない。」と考える
頭の切り替えの大切さを説く。
さらに、このことについては
「私たちは人間が生まれながらにして老いのキャリアであり、
死のキャリアであり、
成人病のキャリアであり、
どんなに工夫をこらしたところで、
いつかはそれが発現する存在であることに気づくのです」と
言葉を重ねる。
 
 五木は、仏教の
「人間の生命の中には最初から、
四百四病の病いが内包されている」
という考えを、
真摯に受け止め
「病気にかかるとか、
病気を治すという言葉づかい自体に、
われわれの錯覚がある」と考えているようです。
 そして、
「心とからだ、
からだと心を会話させていく回路を持つことが、
人間のいい状態を保つ可能性を開いていくことだ」として、
「からだが一生懸命語りかけてくる言葉や悲鳴、不満、警告。
そういうからだからの声を耳を澄ましてきく」ことに
努めてきたという。
「そして、からだの内なる声をきくということは、
宇宙の声をきくということであり、
親鸞の言う、『自然法爾』の声に耳を傾けることでもあるのです」
と述べている。
 
 「人間は一人ひとり異なっている。
そしてまた、ひとりの人間も、
状況しだいで、
そのときどきに応じてちがっています」、
だからこそ
「ぼくは〈いい加減〉が大事だと思うのです」と
個人差と『中庸』を重視しています。
 さらに、
「百万人の人間がいれば、
百万の〈いい加減〉がある。
自分にとっての〈いい加減〉を発見していくきっかけとなるのは、
教科書でもなければ、
数字でも検査の結果でもなく、
その人自身の直感です。
〈私のいい加減はこれなんだ〉という、
体験からくる本能的な感覚こそ重要なのです」と
個人の主体性を強調しています。
 
 「といっても、
すべての科学や常識を捨てて直感や本能だけを信じろなどと、
無茶なことを言っているわけではありません」と
誤解を生じないように注意し、
「科学か直感かという二者択一ではなく、
そのふたつのバランスのとれたところに、
自分にとっての〈いい加減〉を発見したいと思うのです。
 それは確かに難しいことだけれど、
その〈いい加減〉の程度を発見していく過程にこそ
人生の真実があるのではないか。
ぼくはたしかにいま、
そう強く信じているのです」と書いています。
 
 いささか、引用が長くなりすぎたので、
このあたりで終えたいが、
以上の五木の健康観の一端は、
間違っているかもわからないが、
本宮のホリスティックな健康にも
一脈通じるところがあるような気もしてくる。
 
 持病の偏頭痛や腰痛とのつきあいや、
男の更年期、
数十年間歯科は別にして医療機関にいってないこと、
手や頭髪を洗う頻度が極端に少ないこと、
足の指洗いにこだわっていること等のユニークな話題を、
上手に織りまぜながら独自の健康観を展開しています。
 また、人生における悲しみの効用や
「あきらめる」ことの意義などについても述べています。
ぜひ一読をおすすめめします。
 科学(医学)への態度も、
これまでと少し変わってくるかも知れません。 
                                       

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2006年1月12日 (木)

健康法について

 冒頭、「健康法」に対する
私の、現在の考えをまず明らかにしておきたい。

 あとで、次々と紹介していく
我が国で行われてきた
特定の個別的な健康法を、
否定したり、無視することはできないが、
それのみで
すべての人が健康を確保できるとの
盲信や幻想を抱くことは避けたほうがよい。
体質や健康状態及び、
環境、仕事、家族構成、人生観等から
人の生活は、ひとりとして同じ者はいない。

 したがって、
健康法は、ひとりひとり異なった固有のものであるべきで、
それぞれの生活スタイルの全体の中で、
健康に関係する、
意識的・無意識的なすべての行為(行為の無いことも含む)の
総括として捉えていきたい。
 そして、不断に見直しを続けていく、
健康に配慮した全生活過程を
個人の健康法と考えたい。
 
 現在、展開中の
“21世紀における国民健康づくり運動「健康日本21」”が示している
「栄養・食生活」、
「身体活動・運動」、
「休養・こころの健康づくり」、
「たばこ」、
「アルコール」、
「歯の健康」、
「糖尿病」、
「循環器病」、
「がん」の
『9分野70目標』の課題等を参考にした、
健康生活習慣定着に向けた地道な努力が大切である。

 ところで、私は「健康法」というより、
むしろ古い『養生』という言葉に強い愛着を感じており、
貝原益軒の「養生訓」は、第一の座右の書としている。
        
 音楽を聞くこと、
映画を見ること、
絵や「水石」の展示会に行くこと、
読書すること、
随筆を書くこと、
庭の手入れをしたり、
散策すること、
野菜づくりをすること、
仏壇で日々先祖と亡き妻の霊への祈りを捧げること、
町内の奉仕行事に参加すること、
自家用車を持ってないこと、
出来るだけ歩くか自転車で移動すること、
サイクリングしたり川原に行くこと、
歯ブラシを常時ポケットに携帯し毎食後の歯磨きをすること、
タバコは吸った事がないこと、
賭け事や勝負事等には加わらないこと、
職場のOB会や同窓会には必ず出ること、
亡き妻が
生前から宅配を手配してくれていた青汁を飲み続けること、
母が愛用していたクロレラを引き継いで飲むこと、
水分をしっかり摂取すること、
無為な時間があれば、
どこでも腹式呼吸を意識的に行ったり、
腕や首や腰を回したり手や耳や首等を指圧すること、
仕事の責任をきっちりと果たし、
後には残さないようにすること、
兄弟・子供・孫・その他親戚等の関係に気配りし和を保つこと、
朝食と夕食はできるだけ家でとること、
室内の掃除と換気に気をつけること、
布団を干すこと、
睡眠の時間と場所に注意すること、
アルコールは
毎日ビール一本(三百五十ミリリットル)とすること、
古書店めぐりや
蛙のグッズ収集等
好きな事を続けること、
年に一回日帰り人間ドックを受けること等々、
思いつくままあげてみた
健康と関係する生活の断片のトータルが
私の「健康法」というか「健康・養生生活」と考えたい。
 
 恥ずかしいことだが、
私の生活は
デスクワークが多くて運動量が少なかったり、
早食いと食べ過ぎ傾向が残っていることなど、
まだまだ改善していかねばならない点が少なくない状態である。

 かつて、ヨーガや西式健康法、
ぶら下がり健康法はじめ
いくつかの特定健康法を試みたことがあったが、
特別の時間を取ってしなければならない
これらの健康法は、すべて永くは続かなかった。
ただ、呼吸法については、
古来から仏教の修行としても定着してることでもあり、
また医学的にも自律神経のコントロールなど
心身への良い影響が考えられるので、
今後深く研究してみたいと思っている。

 ところで、
私は一時期
古書店や古書市等に行くつど、
健康法や長寿法と名の付く書物を熱心に探したことがあった。
 現在は、
以前ほどの収集への情熱はなくなったが、
今なお、
古書店巡りの際などには
一寸気にかかる分野のひとつである。

 さて、
「健康法」の一般的な意味についてであるが、
「健康法と癒しの社会史 
   田中聡 青弓社(一九九六年九月発行)」の中に、
次のような一文がある。
 
「『健康』とは、
一般的には、
近代以後に使われるようになった言葉である。
『健康法』となればさらに遅く、
せいぜい明治末頃になって使われるようになったものと思われる。
それ以前に『健康法』という意味で使われたのは、
主に『養生法』という言葉だった。
『養生法』とは、
後に見るように、
健康のためになにか“特別なこと”をするというより、
日常生活のうえで心得ておくべき注意事項であり、
そのため倫理的な意味も強かった。
 一方、『健康法』とは、
多くの場合“特別なこと”をして『健康』
を獲得しょうとする方法である。
 現在では『健康法』という言葉が一般的なため、
この区別は必ずしも厳密なものではない。
この点、つまり『養生法』という言葉をあまり使わなくなり、
『健康法』という言葉が普通になったその変化は、
人々の身体をめぐる
意識の変遷にともなってのことだったのだろう。
そのことには改めて触れることにして、
本書の主題としての『健康法』について確認しておくと、
ここでは『養生法』をもふくめて、
人の心身の健やかさを保つ方法、
元気になるための行為、
病を治す食品や民間薬などまで、
自ら行うことのできた方法はすべてふくめて考えたい」
   【蛇足ではあるが、田中聡氏が衛生や健康および民間療法等の
   近代社会史というか風俗あるいは民俗について、
   ユニークな視点から考察された著作は実に面白いので、
   本の題名を挙げて紹介しておきたい。
   「ハラノムシ、笑う〜衛生思想の図像学〜 河出書房新社 
                     一九九一年八月発行」、
   「なぜ太鼓腹は嫌われるようになったのか?
       〜気と健康法の図像学〜 河出書房新社 
                     一九九三年五月発行」、
   「衛生展覧会の欲望 青弓社 一九九四年七月発行」、
   「正露丸のラッパ〜クスリの図像学〜 
                河出書房新社 一九九四年十月発行」】
 
 また、さまざまな健康法の収載数が目立って多い、
一〇八三頁もの
「健康法と家庭の療法 国民健康法研究会編
        誠伸社 昭和五十三年一月発行」の中で、
尾関龍介氏が書き記している健康法の考えを紹介しておきたい。
 「一般に健康法とは、
身体を強健にする運動法だと考えられております。
もとよりそれに違いないのですが、
だが古来東洋において追求されてきた健康法は、
更に広い意味と深い意味を持ったものであります。
ということはそれは、
人間生命の実体とは何かということが追求され、
それを体現する方法であるという意味を持つものであったのです。
(中略)真の健康法とは、
身体的行為によって身体を強化する道ですが、
それによって精神を強化してゆく道でもなければなりません。
すなわち高次的にいうなら、
それによって、
自己生命の実体を開発してゆくという
意味を持つものでなければなりません。
この意味において、
健康法というものは、
古代健康法がそうであったごとく、
他面哲学行為の意味を持つものであります」

 ここで「健康法のあれこれ」を紹介してみたい。
前記した「健康法と癒しの社会史」の最終章は、
「近代健康法創始者列伝」となっているので、
そこにある健康法名と創始者名をまずは挙げてみたい。
 それぞれの説明は省略する。
  1.浅野式曖気療法ー浅野秋蔵
  2.石塚式食養法ー石塚左玄(一八五〇〜一九〇九)
  3.岩佐式強健法ー岩佐珍儀(一八八六〜?)
  4.江間式心身鍛練法ー江間俊一(一八六一〜一九三二)
  5.大泉式一分間健康法ー大泉三朗
  6.岡田式静座法ー岡田虎二郎(一八七二〜一九二〇)
  7.銀月式実用強健法ー伊藤銀月(一八七一〜一九四四)
  8.弦斉式日本人標準食ー村井弦斎(一八六三〜一九二七)
  9.坂本屈伸道ー坂本謹吾
 10.自彊術ー中井房五郎
 11.足心道ー柴田通和(一八八八〜一九六〇)
 12.綜統医学ー多田政一(一九一一〜)
 13.高野式抵抗養生法ー高野太吉
 14.西式健康法ー西勝造(一八八四〜一九五九)
 15.野口式整体法ー野口晴哉(一九一一〜一九七六)
 16.肥田(川合)式強健術ー肥田春充(一八八三〜一九五六)
 17.藤田式息心調和道(調和道丹田呼吸法)ー藤田霊斎
                   (一八六八〜一九五七)
 18.二木式腹式呼吸法ー二木謙三(一八七三〜一九六六)
 19.マクロビオティックー桜沢如一(一八九三〜一九六六)
 
 同書の中には、
健康法アンソロジー本として
千三百頁もある大正六年発行の
「国民日常健康法大観 加藤美倫編著 国民健康法研究会」と、
同じ加藤美倫の
「比較研究二十大健康法 誠文堂 大正七年」を紹介しているが、
私は未だ目にしていない。
私が所持している最も古い健康法アンソロジー本は
「一人で出来る健康法 石黒憲輔 
     大阪屋号書房 昭和四年十一月発行」である。
六つの健康法が載っている。
 1.江間式心身鍛練法(江間俊一)、
 2.太霊道(田中守平)、
 3.国民自健術(嘉悦敏)、
 4.晃道教会精神療法(澤田晃堂)、
 5.木村式生気療法(木村薫子)、
 6.林式健体術(林章樹)
 
 次いで古い本は
「わが健康法と闘病術 石井満、勝田貞次、三田谷啓監修
   成光館書店 昭和十四年三月発刊」である。
名士の健康法とか、
我が校の保健体操、
名士の闘病術の項に加え、
「直ぐ役立つ強健術」として
十八の健康法が紹介されている。
 1.岡田式静座法、
 2.自彊術、
 3.川合式強健術、
 4.江間式心身鍛練法、
 5.西式健康法、
 6.ベンネット式若返り運動法、
 7.大泉式一分間健康法、
 8.戸山学校創案の椅子体操、
 9.欠伸利用の健康法、
10.二木式腹式呼吸法、
11.田澤式呼吸体操、
12.西洋で流行の合理的呼吸体操、
13.塩屋博士の生命線療法、
14.肺病の無薬自然良能療法、
15.二木博士の少食菜食論、
16.湯川博士の菜食長寿論、
17.澤村博士の能率増進食物説、
18.武内宿禰の不老長寿秘薬
 
 反対に最も新しい本としては、
新人物往来社の別冊歴史読本・特別増刊
〈これ一冊でまるごとわかるシリーズ26〉の
「自分の元気は自分でつくる “健康法”の大事典
            一九九五年八月発行」があり、
二十一の健康法が載っている。
  1.自彊術、
  2.西式健康法、
  3.日本按摩、
  4.真向法、
  5.調和道丹田呼吸法、
  6.肥田式強健術、
  7.日本式手掌療法、
  8.操体法、
  9.井本整体、
 10.本山式経絡体操法、
 11.導引術、
 12.武術健康法、
 13.ボデイワーク、
 14.気楽体、
 15.川井筋系帯、
 16.自然良能会・骨盤調整・バランスコントロール療法、
 17.気愛法、
 18.メビウス∞気流法、
 19.らくらくヨーガ、
 20.新体道、
 21.足の裏・手のひら健康法
 他に、前記した膨大な数の健康法を網羅した
「健康法と家庭の療法」や、
各界多数の著名人の
「わたしの健康法」と
専門医による医学的な評価を行った
健康法からなる
保健同人社の
家庭の医学百科シリーズ4「厚生省推薦 健康法の百科
      昭和四十二年七月初版発行、昭和四十六年七月第九版」
があるが省略したい。
 
 最後に、
「西式健康法と西医学」で有名な
西勝造氏(医師ではない)が、
「西医学健康法 大阪書房刊 昭和二十三年三月」、
「無病長生健康法 実業之日本社刊 昭和二十八年十一月初版、
  昭和四十九年十二月二十八版」等で、
自ら実行し研究したという三百六十二種の
健康法を分類すると
以下の
十七種類(説明部分要約)に整理できる
としているので参考にしていただきたい。

 西氏の著書は極めて多いが、
自ら創始した健康法を理論づけるために駆使している
古今東西の書物は多岐にわたっており、
その学識の深かさと広さに圧倒される思いがする。
時代を考慮にいれる必要はあるが、
いずれの著書も一読する価値はあるのではないだろうか。
  1.筋肉主義 学校の体育、自彊術等                 
  2.骨格主義 オステオパシー、姿勢矯正法等
  3.皮膚主義 裸の生活法、日光浴、冷水浴、冷水摩擦、乾布摩擦等
  4.脊髄主義 カイロプラクチック、指圧療法等
  5.腹部主義 メチニコフの唱えた説、断食療法、咀嚼法等
  6.細菌主義 黴菌の撲滅
  7.食養主義 石塚左玄の説、戦前の食養会等
  8.呼吸主義 深呼吸、腹式呼吸等
  9.神経主義 お灸、鍼等
 10.精神主義 暗示療法、精神療法等
 11.宗教主義 クリスチャン・サイエンス、
          クーイズム、新興宗教の健康説等
 12.薬剤主義 現代医学の大部分
 13.飲水主義 御神水、鉱泉等の飲用
 14.自然主義 ノックス・トーマス博士のナチュロパシー等
 15.眼球主義 眼球への施術(チール博士)
 16.鼻主義 鼻粘膜への施術(ポニエ博士)
 17.足主義 足が健康の基礎とする説

 平成十四年八月一日発行の新潮文庫
「一燈を提げた男たち 小島直記(平成十四年八月一日発行)」に、
6頁ほどの「健康法」と題された作品がある。
 自らの病気と年令から健康法に関心を持ち出し、
「健康法の本」の二人の著者に合格点を与えたことを書いている。
白隠禅師(「夜船閑話」、「遠羅天釜」等)と
塩谷信男氏(「健康・長寿と安楽詩 東明社刊」等)で、
両者のごく簡単な紹介の後、
「塩谷式正心調息法」をやや詳しく説明してある。
合格の基準は、健康法の本の著者本人が、
次ぎの三点を備えていることであるとしている。
 
 1.かって病弱であったこと。
 2.誰にでもできる方法で健康になったこと。
 3.長生きだけでなく、精神力において脱帽できること。

 白隠禅師(一六八五〜一七六八年)は、
「日本臨済禅中興の祖」といわれ、
私も以前から関心を持っており
数冊の関係書が手元にある。
健康法はもとより、
いずれ本格的に業績の全貌を見極めたい気持ちが強い。
 
 一方、塩谷信男氏は、
明治三十五年(一九〇二年)生まれで、
東京大学医学部を卒業していて八十五歳まで診療を続けてこられた。
百歳で、ゴルフ等もされた。
先に記した「わが健康法と闘病術」の
「13.塩屋博士の生命線療法」の解説を見ると
塩谷信男博士となっており、
同一人物であるに違い無い。
生命線療法とは、接手療法である。
なんと息の長い活躍であることだろう。

 ところで、「健康って、何?(1)」で書いた、
「我が人生同伴の書(一次分)」の一〇八冊の中にも含めている
「長寿者の健康法〜仁者いのちながし〜 
  潮文社 昭和五十一年一月発行」の著者(村田太平)は、
先の小島直記の基準にぴったり該当する。
 
 私は、
本書は、数ある健康・養生書の中では、
その精神性の高さと、
『中庸』の程度において
他を断然引き離しているように思っている。
 本書は新書判で、
潮文社の「自然を生きる健康法シリーズ」の一冊である。
ほとんどの新書は、
ただ時流に沿った内容で
消耗品のように扱われていくが、
なかには本書のように、
全面的には、賛同できないが、
幅広い学識と、深い思索、実践に裏付けられた
質的に優れた内容のものがあり、
ぜひ多くの人に永く読んでもらいたいものだ。
 同シリーズには、他に
 「おかず健康法(清水桂一)」、
 「ガンにならない健康法(大浦孝秋)」、
 「ストレス健康法(池見酉次郎)」、
 「西式健康法(樫尾太郎)」、
 「気の健康法(早島正雄)」、
 「なまけものの健康法(早島正雄)」、
 「野草健康法(園江稔)」、
 「スジとツボの健康法(増永静人)」等があるが、
これらは世に類書が多い。
 一方、本書は唯一無二のものであるといっても間違いはないであろう。
 表紙カバーの後ろに
著者の紹介(上半身写真入り)があるので、
全文を写しておきたい。
 「明治二十一年京都府生まれ。京都大学哲学科卒業。
大正十二年に教化団体『使命社』を組織し、
雑誌『使命』『愛』を発行したが戦争のため解散。
その後教育委員、文化財保護委員等に就任。
郷土史会を作り、
郷土の歴史を調査して『田辺町史』等の郷土史を発行。
著書に『人間一休』『淘宮術入門』がある」

 それでは、
「長寿者の健康法〜仁者いのちながし〜」の内容を紹介したい。
 本書は著者八十八歳の時の著書である。
「まえがきにかえて」で
「私は生まれる共に死の宣告をうけた。
(中略)幼年時代から、
虚弱な体質に苦しみながら成長したので
“私のような弱い人間はあるまい”と、
幾度となく思い悲しんだ。
これは自分の実感である」と述べ、
「すべてが恩寵である。
生かされて生きてきたのである。
生まれつきの体質と
生きるための養生との対決を
背負わされて生きつづけてきたのであるから、
本書の題目である『無病短命、一病長命』については、
どうしても私が書かねばならぬようになっている。
これを書くのは私に課せられた天命である。
神様が私のような者のために、
こんなにまで配慮してくださっていることを
感銘せずにはいられない」と執筆の動機を語っている。
 
 本書は「長寿の原則」、
    「ながいきの標準」、
    「病をもって病を治す」、
    「模範とすべき人物」、
    「自適健康法」、
    「正食法」、
    「青汁と便秘の克服」、
    「正中心の活躍」、
    「静座開眼」、
    「細胞賦活法」、
    「蔭の力と表の力」、
    「死生観」、
    「花のある人生」、
    「無理をしない」の各章から構成されているが、
核心をなすのは『自適健康法』である。
 
 このことについて著者は
 「私の健康法は随分多くの書物を読み、
またひろく先輩の実践してきたものを習得して、
積み上げ式に選んだ自適の道であり、
その点では他人の模倣が多いが、
自適の道として選び
総合的な方法として実践している点では、
一つの創造といってよいであろう。
読者も一つ一つの方法に束縛されないで、
この点を汲み取って、
同感し共鳴するところを発見して、
それぞれに自分の方法として消化していただきたいのである」といい、
 「その要点は総合、実行、持続の三点であり、
肝心なのは自適ということである。
どんな妙法も妙薬も自分に合わないものは駄目である。
しかもこの自適の道を見い出すのは、
自分自身の熱心な研究心に待つほかないので、
手をこまねいてボンヤリしている者に、
他から安易に与えるというわけにはいかない。
(中略)しかもこの健康法は、
一時的に健康を得たら中止するのでなく、
日々研究し実行して生涯それを楽しむぐらいでありたい。
(中略)人生は創造である。
健康はコントロールである。
日々新たなる創造的意気をもって、
言い古された言葉だが、“朝に希望夕に感動”で暮らすことである。
(中略)自適とは他人から見た自分だけでなく、
昨日に比べた今日でもある。
これは一生の修行である。
不断の研究である」と述べる。
 
 自適健康法の基本となる問題として、
次ぎの三点を挙げて、
これまでに紹介したような各種の健康法を取り入れ、
自分のものとして、
それぞれの章で詳しく方法を説明している。
「健康法については、
今日まで多くの先達によるさまざまな研究や発見が伝えられているが、
私たちがこれを学ぶについては、
何よりもまず自分に適するものを選び、
また自分に適するように
修正して実行するということが肝心である。
他人に適するものが、
必ずしも自分に適するとは言えず、
また多くの方法をすべて採用しょうとしてもそれは不可能である」
  
  1.正食法・・・適応食、正便通
  2.正中心法・・・静座、正呼吸
  3.細胞賦活法・・・正循環

 最後に、著者が到達された健康観を紹介したい。
 
 「真の健康は実際には有痛の無病である。
その意味は本来の『無』は単なる『無』ではなくして、
二つの有の調和によって成立するものである」
 
 「病気とこれに対する抵抗力とが調和して、零になるところに真の健康体がある。
いうならば人体は病の容器である。必ず病気があるはずである。」
 
 「病をもって病を治すのが、健康長寿の秘訣である」

 さて、最後に、二人の優れた医学者の著書から
「健康法」に対する留意点等を述べた部分を引用して終えたい。
基本的には、
上記の村田太平氏の考えに通じた見解ではないかと思われる。
 
 ひとりは、元東大教授の田中恒男氏で、
公衆衛生学や保健管理学のリーダーの一人であった。
「東京大学公開講座25 健康と生活 
    東京大学出版会 一九七七年十月」の中の、
最初の章「健康法あれこれ〜現代養生訓批判〜」を担当され、
その中で以下の様に書いておられる。
 「新しい技術を導入する前に、
その技術にどんな欠点があり、どんな効果があり、
自分たちにとってどれだけ必要なのか、
というあたりの判断をする仕組み
すなわちアセスメントを私たちはあまり考えないで、
健康法と呼ばれるものに飛びつく傾向を持ってはいないかと、
言いたいのである。
 日本人はテンション民族だ、とよくいわれるが、
1回流行が始まるとそれはきわめて短い期間のうちに、
きわめて広い範囲に広まってしまう。
その結果、間違いを修正することがなかなかできなくなる。
その意味では世間一般にひろがっている
健康法と呼ばれるものに
無批判に飛びつくことに対して
相当大きな警戒をしなければならない」
 
 「健康法はいろいろあるが、
それをどのように料理するかは、
まずは皆さん方自身にゆだねられてしまう。
他人がいいからといって、
それが自分にとってもいいとは決していえない。
自分自身の生活の仕組みの中でそれを選択し、採択し、
それを自分にどのように生かすかということが、
健康を守っていくために必要な態度であろう。
 
 健康は人間の基本的な権利であるという考え方からすると、
権利である以上はそれは自分が守らなければならない。
自分を守るためには、まず自分を知らなければならない。
その自分を知った上で、
自分にとって好ましいものは何かという選択が初めてできる。
したがって、
他人にいいことが
自分にとって
かならずしも一〇〇%いいとは決して言えない。
マスコミなどを通じて流される医学知識も
自分にとってどうなのか、
というスクリーンを通して初めて
役に立ってくることをお考えいただきたい」

 もうひとりは田多井吉之介氏で、
我が国の健康学をリードされてこられた方で、
「ストレス学説」や「バイオリズム学」と
健康の関係についての研究で有名である。
また、名著として定評のある
ルネ・デュボス著「健康という幻想」の訳者である。
 講談社のブルーバックスの1冊である
「健康法のすべて〜その真髄をさぐる〜 昭和五十年八月」を紹介したい。
これも、新書判として、読み捨てにするには勿体ない本である。
総論的な「健康法とはなにか」について記述した後、
  
   食品健康法として十九種類、
   体を動かす健康法として十七種類を
 取り上げ医学的な評価を加えておられる。
 
 その「はじめに」の中で
「病気になれば勿論だれも医者にかかるでしょう。
しかし、健康学の真髄からみると、
他力本願だけでは健康はつくれないのです。
病気は名医にかかれば治ることもあるでしょうが、
真の健康をつくってくれる名医は、
世の中に一人もいないのです。
健康こそは、あなた自身が努力して創るしか方法はないといえます。
 こうして、
健康学によって露わにされた
健康づくりの三原則をあなたにお教えすると、
それはけっきょく活動・休養・栄養の三本柱です。
この三本柱を、あなた自身の体質、病歴、職業、生活歴など、
あらゆる条件を考えてバランス良く保っていく。
それから、あなたの健康は生まれるのです。
ストレス学説の世界的権威、モントリオール大学のセリエ教授は、
その著『ストレスと生活』の中で、
『万人に共通する養生訓はない!』と断言していますが、
けだし名言でしょう。
 したがってあなたは、
Aの人、Bの人が
かくかくの健康法を採用して健康になったという話しを聞いて、
その方法をサル真似してはいけません」と述べ、
さらに総論の最後で次のような注意を喚起されておられる。
十分留意しておく必要があるのではなかろうか。
 
 「何度も述べたように、たった一つの健康法で
すべてがオーケーだという考え方はすてて頂いた方がよい。
バランスのとれた知識にたよるという態度を失わないと言うことが賢明だと、
老婆心ながらつけ加えておこう」
 

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2006年1月10日 (火)

「健康って、何?(1)」

 『健康』とは、実に実に、長いつきあいとなった。
自身の健康管理、
あるいは身体観、人生観、生死の問題として、
また、仕事上の必要性から、
その本態や、それとの正しい関わり方に迫ろうと、
しっかりと考え、
時には実行に移したり、
また、十分に悩み苦しみもした。

 「二十一世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」
始まったことでもあり、
私もまた、この際、自身の「健康観」の総括をして、
悔いのない、落ちついた清貧の老後を
迎える準備をしたいと思う年齢に達した。
 振り返れば、人に話すのも恥ずかしいような、
紆余曲折のあった「健康観」遍歴であった。
思い出は尽きない。
 
 ふとしたことから
三十数年ぶりに、
哲学的洞察に富む
「人生論ノート(三木清著)新潮文庫」中の
『健康について』を、
再び、手に取って熟読する機会を得た。

 そこには、すでに、
今日の社会の健康問題の混迷を予測している個所があって驚いた。
 
 「近代主義の行き着いたところは人格の分解であるといわれる。
しかるにそれと共に重要な出来事は、
健康の観念が同じように分裂してしまったということである。
現代人はもはや健康の完全なイメージを持たない。
そこに現代人の不幸の原因がある。
如何にして健康の完全なイメージを取り戻すか、
これが今日の最大の問題の一つである」

 「健康というのは平和というのと同じである。
そこに如何に多くの種類があり、
多くの価値の相違があるであろう」
 ちなみに、「人生論ノート」は、
「文学界」の昭和十三年六月号から連載されだしたものである。
         
 いうまでもないことだが、
世界の健康問題に対応する拠点は、
ジュネーブに本部がある『世界保健機関(WHO)』である。
WHOの組織と活動を定めたWHO憲章は、
一九四八年四月七日
(この日を記念して毎年の四月七日は「世界保健デー」となっている)
に正式に成立し、
その中に、
いささか理想的にすぎるが、
有名な「健康」の定義も含まれている。

 いつか、このWHOの定義についても考えてみたい。
 さて、WHOは、
一九七九年五月の第三十二回総会で、
前年に、
当時まだソ連に属していたアルマアタで開かれた、
プライマリヘルスケア国際会議の報告書を受けて、
「二〇〇〇年までに
すべての人々を健康に【ヘルス フォー オール】
するための戦略の策定」を決議した。
 
 わが国で昭和五十三年度から始まった
『国民健康づくり運動』は、
この世界的な潮流の延長線上から生まれたものである。
そして、平成12年から、
第三次の国民健康づくり運動として、
一次予防重視の
「二十一世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」が
始まった。
新たな段階の国民保健政策である。

 今後、国民参加の、
深い『健康』論議が高まることを切望する。
表層的健康ブームの中の、
健康が目的化した、
根拠のあいまいな健康観ではない、
一度限りの自己の「生」を生かし切る、
主体的な生きる姿勢としての健康観を育てていきたいものだ。
         
 話は変わるが、
私は、
「子供より古書が大事と思いたい(文春文庫)」鹿島茂の
足元にも及ばないが、
古本を中心とした書物に囲まれた生活に浸っている。
平成十一年三月、
慰みに
『我が人生同伴の書』として、
煩悩を除くため衝く除夜の鐘の数になぞらえて、
所持している愛着の図書から、
百八冊のブックリスト【一作者一冊を原則】を私的に作成してみた。

 日を置かず、二次の百八冊のリストも作った。
医学・公衆衛生の専門書から、
文芸、思想の本、漫画にいたる
あらゆる分野を雑然と含んでいる。
「健康という幻想(R・デュボス著、田多井吉之介訳)」、
「健康論序説(富永茂樹著)」はじめ「
健康」に関する本も、何冊か入っている。
リストの一番には「養生訓(貝原益軒著)岩波文庫」を置いた。
 
 ところで、
2000年の暮れから2001年のはじめにかけて、
このブックリストの改訂あるいは三次分作成時には、
ぜひ加えてみたい健康関連の重要な三冊の本が相次いで出版された。

 「“健康”の日本史(北澤一利著)平凡社新書、二〇〇〇/十二」、
 「健康ブームを問う(飯島裕一編著)岩波新書、二〇〇一/三」、
 「健康観にみる近代(鹿野政直著)朝日選書、二〇〇一/四」である。
 
 「健康」という言葉が、
日本古来からのものでないことは、
ずっと以前から知っていたが、
正確にいつ頃から誰が使い始めたのか、ずっと気にかかっていた。

 『“健康”の日本史』によって、
その疑問が、解けたのである。
同書によると、
江戸時代
「健康は、
新しい西洋医学の基礎的な学問である
解剖学や生理学と一緒に日本に入ってきた」という。
天保七年(一八三七年)頃、高野長英が『漢洋内景説』で、
どちらかというと偶然的に、使用した。
 そして、緒方洪庵が、
天保八年前後に未公刊の『遠西原病約論』で使い、
『病学通論(嘉永二年)』で、
さらに明確に「健康」を概念規定して、
定着に貢献したといえるらしい。
 
 『“健康”の日本史』は記す。
「“健康”という語は、
江戸時代まで使われていた
“丈夫”や“健やか”などとどう異なるのでしょうか。
一言でいうと、それらの違いは、
判定基準が客観的か主観的かという違いです。(中略)
“健康”は、身体の解剖学的構造や生理学的メカニズムなどの
医学的根拠に基づき、
客観的に判定されるものだったのです。」
         
 さて、“健康”という語が、
広く一般的となる過程で大きな役割を果たした者の一人に、
緒方洪庵の適塾の塾頭をつとめたことのある福沢諭吉がいる。
福沢が、
『西洋事情初編(慶応二年)』でまず使い、
『童蒙をしえ草(明治五年)』、
『学問のすすめ(明治七年)』、
『通俗民権論(明治十一年)』、
『時事小言(明治十四年)』と書き進める中で、
「生理学的に正常な状態」を「健康」として、
国民の自発的な努力を期待する、
単なる啓発段階から、
次第に、
“運動”によって身体がどれだけ鍛えられるか等の
別の基準で健康を考え、
国民の体力の向上を求めるようになってきた経緯について、
『“健康”の日本史』は詳しく述べている。
 
 一方、『健康観にみる近代』は、
明治維新から現代に至る健康観の変遷を
六期【「健康」、
「体質」、
「体力」、
「肉体」、
「体調」、
「生命」の時代】に分類し
、それぞれの時代について考察している。
最初の『「健康」の時代』は、十九世紀末頃までを指し、
結核問題がクローズアップする中で、
次の「体質」の時代に移って行くが、
「コレラの脅威」と「体格コンプレックス」を背景に、
健康こそ公益として、
健康を国家が管理する流れを生み、
「隔離思想」「衛生観念」「人種改良論」が
広がっていった時期とみている。
 以下、同書の、この時代の総括である。

 「文明開化とともに始まった
“健康”の高唱は、
個人の心身の状態を“公益”に結びつける視点を生み、
一方では、
国家・社会にたいして
“負”とされる病者の隔離・管理の態勢を打ち立てるととともに、
他方では、欧米人並みをめざす体位向上の追求となった。
その底流にあるのは、
国家本位の立場からの優勝劣敗の思想であった。」
          
 この国家管理がもたらした
強迫的、または依存的な残滓の残る健康観や、
近年の商業主義的な
健康ブームのなかの健康観から解放された健康観こそ、
二十一世紀に求められる「健康」の定義にふさわしい。
『健康ブームを問う』の中で、
諏訪中央病院長の鎌田實氏は述べている。
 「健康というのは不思議なものです。
健康と不健康の境はないのです」、
「ひとつだけのもので健康は守れないことに気づきます」、
「検査の数値だけで
健康・不健康を判断する医療者、健康ブームをあおるマスコミ、
誇大宣伝をして
“薬品と食品の間”で法の規制を縫って“もの”を売っている人たちも、
大事なことを取り違えています。
十年、二十年という単位で
健康づくりをする過程(プロセス)に
“健康というもの”が存在するのであって、
健康という最終の舞台があるのではないという気がするのです」、
「健康は目標でなく手段です」、
「健康は、意識や生き方の問題でもあるのです。
障害を持っていても健康というものがあるとか、
死が間近に迫っているけれども健康はありえる、
ということを考えなくなってしまったなかに、
落とし穴があるのです」
 私自身も、現在鎌田實氏に近い考えを持てるようになって来ている。
しかし、この考えは、
まだまだ一般的になってきているとはいえないのではなかろうか。

 このブログで、健康観の多様性、変遷と現状、その背景や周辺の話題、新
たな健康観の普及の方策等について、気の向くまま書いていきたい。
        
 ここで、
再び三木清の『人生論ノート〜健康について〜』にもどり、
その核心部分を紹介する。
 
 「近代医学が発達した後においても、
健康の問題は究極において自然形而上学の問題である。
そこに何か変化がなければならぬとすれば、
形而上学が新しいものに
ならねばならぬというだけである。」
 
 「自然哲学或いは自然形而上学が失われたということが、
この時代にかくも健康が失われている原因である。」
 
 「自然に従えというのが健康法の公理である。
必要なのは、
この言葉の意味を形而上学的な深みにおいて理解することである。
さしあたりこの自然は一般的なものでなくて
個別的なもの、また自己形成的なものである。
自然に従うというのは
自然を模倣すると言うことである。(中略)
その利益は、
無用の不安を除いて安心を与えるという道徳効果にある。」
 
 「養生論の根底には全自然哲学がある。(中略)
この自然哲学と近代科学との相違は、
後者が窮迫感から出発するのに反して、
前者は所有感から出立するところにあるということができるであろう。(中略)
近代医学は健康の窮迫感から、
その意味での病気感から出てきた。
しかるに以前の養生論においては、
所有されているものとしての健康から出立して、
如何にしてこの自然のものを形成しつつ維持するか
ということが問題であった。(後略)」
 
 「“健康そのものというものはない”、
とニーチェはいった。(中略)
病気や健康は存在判断でなくて価値判断であるとすれば、
それは哲学に属することになろう。
経験的な存在概念としては平均というものを持ち出すほかない。
しかしながら
平均的な健康というものによっては
人それぞれに個性的な健康について
何等本質的なものを把握することができぬ。(後略)」
 
 「誰も他人の身代わりに健康になることができぬ。(中略)
健康は全く銘々のものである。
そしてまさにその点において平等のものとなる。
私はそこに或る宗教的なものを感じる。
すべての養生訓はそこから出立しなければならぬ」

 緒方洪庵の「健康」と、貝原益軒の「養生」のメリット・デメリットを十分に考
慮して、「健康の完全なイメージ」に近づくよう、『大和(だいわ)』・『中庸』
的観点から、新世紀の新しい健康観・養生観を、各人が育てて行けばよいのではな
いだろうか。
 
 それにしても、敬愛して止まぬ亀井勝一郎著「思想の花びら(大和人生文庫)」
の『健康と病気』の中にある、つぎの言葉が私の心をチクチクと刺し続ける。何と
かならないものだろうか。
 
 「頭脳がからっぽになるほど健康に熱心な人がいる」
 
 「歩くことは健康の基本である。
しかし歩いてばかりいるのは精神の浮浪児である」
 
 「(前略)くよくよしないこと。心配ごとを持たないこと。
食物をよくかむこと。酒も煙草も用いないこと等々。
長命の秘訣のなかには、何かしら人間性への侮蔑がある」
 
 「健康を誇るだけでは人間としては中途半端である。
健康であることのはにかみをも、
同時に抱いていなければならない」
 
 「徒然草のなかで、
友人として不適当な人間を七種類あげているが、
そのなかのひとりは“身つよき人”である。
あまりに丈夫な人間は友人として不適当だというのだ。
理由は簡単だ。
思いやりがないからである。
“完全な健康体”だといううぬぼれは、人間を暴君にする」

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2006年1月 9日 (月)

健康観の地理

平成18年1月9日(成人の日)

 只今、プラン変更。ベーシックよりプラスにする。

 これまでの「石と在る」ブログに加えて、私のライフワークである

 健康づくり・養生に関連して本ブログを、これから始めていきたい。

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